舐める、噛む、引っ掻く、擦る
犬がこんな行動をとっていたら、それは『痒み=病気』です。
痒みのためにぐっすり寝られない。そんなことを想像すると辛いですね。
今回は犬の痒みを代表する病気・犬アトピー性皮膚炎に関してです。
もくじ
犬アトピー性皮膚炎って?
アトピー性皮膚炎は
『かゆみが慢性的に良くなったり悪くなったりを繰り返す病気』
ですが、国際犬アトピー性皮膚炎調査委員会では次のように定義しています。
遺伝的素因があり、炎症性/掻痒性の、特徴的な臨床症状を示す、多くは環境抗原に対するIgEに関連したアレルギー性皮膚疾患』
国際犬アトピー性皮膚炎調査委員会
(The International Task Force on Canine Atopic Dermatitis)
となります。
なんだか定義でアレルギーが出そうです。
遺伝的素因
『遺伝的素因』
なんて聞くとむずかしく感じますが、簡単に言うと
アトピー性皮膚炎になりやすい犬種がいる
ってことです。
では、実際にアトピー性皮膚炎になりやすい犬種ですが、
柴犬、
シー・ズー、
ボクサー、
コッカー・スパニエル、
ダルメシアン、
ブルドック、
レトリーバー、
ミニチュア・シュナウザー、
パグ、
ウエスト・ハイランド・ホワイト・テリア、
ヨークシャー・テリア
などです。
さらに、遺伝的素因としては
3歳以下で発症
します。
また、遺伝的素因の場合は、
慢性化しやすく完治が難しい
とされています。
炎症性・掻痒性の特徴的な臨床症状
とにかくアトピー性皮膚炎では
痒み・かゆみ・カユミ
がポイントです。
発症からまもない場合(急性期)では、痒みがあり皮膚が赤くなっていたり(紅斑)、赤く膨らんでいたり(丘疹)します。
本人が舐めたり、かじったり、引っ掻いたりすることで皮膚症状はより悪化します。
皮膚炎が慢性化すると皮膚が厚く硬くなったり(苔癬化)、黒くなります(色素沈着)。
免疫異常
アトピー性皮膚炎ではアレルゲン特異的IgE、Th1・Th2リンパ球、インターロイキンなどのサイトカインなどが関与した複雑な免疫機構が影響して痒みを生じています。
健康な皮膚では問題ない刺激もアトピー性皮膚炎では痒みとして認識されてしまいます。
アレルギーにもいくつかのタイプがありますが、アトピー性皮膚炎では環境抗原(ハウスダスト、花粉、カビなど)に対するIgEが関与したI型アレルギー反応が主体といわれています。
簡単に言うと
免疫が暴れている痒みに敏感な体質
ということになります。
皮膚のバリア機能が弱い
皮膚の役割の1つに
外部の刺激から身を守る
というものがあります。
これは言い換えると皮膚のバリア機能です。
アトピー性皮膚炎ではこのバリア機能が低下しています。
そのため外部からのアレルゲンなどの刺激が簡単に皮膚の中に入ってきてしまいます。
これが引き金となって皮膚に炎症が起こります。
1.表皮が薄い
皮膚は表面から表皮(角質層、顆粒層、有棘層、基底層)、真皮、皮下組織となっていますが、人と犬では表皮の部分の厚みが違います。
人では約0.2mm(細胞が10〜15層)なのに対し、
犬では約0.05mm(細胞が2〜3層)と非常に薄くなっています。
表皮では基底層で角質細胞が生成されて上へ上へと押し上げられます。角質層へと押し上げられた角質細胞が古くなると『フケ』として剥がれ落ちます。基底層で生成された角質細胞が剥がれ落ちるまでを皮膚のターンオーバーと呼びます。
皮膚のターンオーバーは人では約45日ですが、犬では約21日と早くなっています。
2.犬は1つの毛穴からたくさんの毛がはえている
3.犬はベタつきのある汗をかく
人ではエクリン腺が全身に分布していて汗をかきます。
犬ではアポクリン腺が全身に分布していて、脂質などを多く含んだベタつきのある汗をかきます。
足の裏ですよね。
人のように全身”汗だく”になる動物として馬がいますが、馬の汗はアポクリン腺によるものです。カバは赤い汗(血の汗)をかくといわれてますが、実は汗とは少し違っていて赤い粘液・分泌物です。
症状
なんといっても『痒み』
先ほども言いましたが、
犬のアトピー性皮膚炎の症状はなんといっても
痒み(かゆみ)
です。痒みによる症状から悪化していきます。
自分の皮膚の痒みはすぐに分かるけど、犬に痒みがあった場合どんな行動をとる分かりますか?
舐める、噛む、引っ掻く、擦る
こんな行動が犬の痒み行動です。
痒みがよく見られる場所は、
口の周り、目の周り、耳、脇、お腹、指の間などです。
ただし、犬種により若干の違いがあります。
例えば、ウエスティーでは腰背部も痒かったり、ボクサーやフレンチ・ブルドックでは顔面が痒かったりします。
いつ痒い?
アトピー性皮膚炎では季節により痒みが強くなる時があります。
特に梅雨の時期くらい、つまり気温・湿度が上がってくると痒くなる事があります。
乾燥して寒くなってきた時期でも、ストーブの前に陣取って一気に皮膚の温度が上がったりすると痒くなる犬もいます。
痒みのスパイラル:痒みが痒みを呼ぶ
犬アトピー性皮膚炎では皮膚に炎症が起き、痒みを生じます。
痒みがあると犬は、舐める、噛む、引っ掻く、擦るの行動をとります。
これにより皮膚はさらに炎症を起こします。
物理的または化学的刺激があると痒みの神経線維が活性化され表皮内へ伸長するといわれています。表皮内に神経線維が増加すると、知覚受容体が増加し、外部からの刺激を感じやすくなり、痒みが発生しやすくなります。
さらに舐める、噛む、引っ掻く、擦るの行動をとります。
この痒みのスパイラルにより皮膚炎が慢性化するために、脱毛や潰瘍、苔癬化、色素沈着が進むようになります。
診断
除外診断が一番
アトピー性皮膚炎は、それを疑う特徴があります。
なりやすい犬種だったり、発症年齢だったり・・・
ただ、炎症を伴う痒みを示す皮膚病は他にもあります。
そこでそれらの病気を除外することで『犬アトピー性皮膚炎』を診断することが一番の近道です。
ノミアレルギー性皮膚炎の除外
ノミが寄生すると痒いというのは何となく想像できると思います。
これはノミが吸血する際に、犬の体内にノミの唾液成分を抗原としたアレルギーが起こるためです。ノミに吸血された部位だけでなく背中、腰部、後肢の痒みや脱毛が特徴です。
ノミ自体が見つけられなくてもノミの糞を見つけた場合はノミアレルギーが疑われます。
完全にノミアレルギーを除外するには3ヶ月間ノミ予防薬の投与が必要です。
外部寄生虫の除外
ニキビダニ(毛包虫)や疥癬などを除外します。
特に疥癬は強いかゆみを引き起こします。犬はひどくかきむしってしまいます。
人間にも感染するため、ご家族にもかゆみがみられることがあります。
症状としては耳(特にフチ部分)、肘、膝、お腹にみられます。
寄生虫が見つけられない場合に試験的治療をすることもあります。
感染症の除外
膿皮症(細菌感染)、マラセチア(酵母様真菌)性皮膚炎を除外します。
ただし、アトピー性皮膚炎では2次的に細菌や酵母菌が感染することがよくあります。
つまり、アトピー性皮膚炎に膿皮症やマラセチア性皮膚炎が併発していることがあります。
食物アレルギーの除外
除去食試験を8週間実施することで食物アレルギーを除外します。
除外診断が一番と言ったものの・・・
診断までに時間がかけられるのであれば『除外診断』を行うのが良いのですが、
けっこう時間がかかります。
そこで、Favrotの診断基準というものを使って診断することもあります。
でも、この診断基準もあくまでも基準のため『これを満たさないといけない‼︎』といわけではありません。
『アトピーの可能性があるかな?』
という判断をする1つの武器です。
アレルギー検査は必要?
アレルギー検査には、皮内反応検査、アレルゲン特異的IgE検査、リンパ球反応検査などがあります。
皮内反応検査は実際に抗原を注射して、その抗原に対するアレルギーがあるかを確認する検査ですが、抗原の入手が難しかったりその判断も慎重に行う必要があり、実施している動物病院はあまりありません。
アレルゲン特異的IgE検査やリンパ球反応検査は、採血をしての検査のため比較的容易にできるという特徴があります。今回は詳しく言いませんが、こちらの検査もこれだけで診断できるというものではありません。
Favrotの診断基準で犬アトピー性皮膚炎を疑っていて、減感作療法をしようと考えている場合は行なってもいいかもしれません。
治療・家でできること
日々の掃除でアレルゲンを減らし、
ブラッシングやシャンプーで皮膚表面から病原体・アレルゲンを落とし、
シャンプーや保湿剤で皮膚バリアを整えます。
薬を使用して起きている炎症を抑えたり、暴れている免疫をコントロールします。
病原体・アレルゲンを減らす!!
ハウスダストの繁殖しにくい環境づくり
ハウスダストはアトピー性皮膚炎の要因になっているため、これをどれだけ減らせるかもポイントの1つです。
ダスキンのホームページによればハウスダストの中にはアレルゲンとなるダニが約2000匹、黒カビ約3万個、細菌約800万個も検出されたとのことです。
そんなにアレルゲンが潜んでるんですか‼︎
抗菌性シャンプーを利用する
アトピー性皮膚炎では細菌による膿皮症やマラセチア(酵母様真菌)性皮膚炎が併発することで悪化します。
そこで、抗菌性シャンプーを利用することで病原体を落とし、これらの皮膚炎を軽減することができます。
膿皮症の場合
クロルへキシジン、乳酸エチル、過酸化ベンゾイル、ポピヨンヨード、ティーツリーオイル、ヒノキチオール
などの有効成分を含んだシャンプーが効果的です。
マラセチア性皮膚炎の場合
クロルへキシジン、ミコナゾール、ケトコナゾール
などの有効成分を含んだシャンプーが効果的です。
アレルゲンを落とす
犬は体中が毛で覆われていてモップ状態です。
アレルゲンも沢山くっつきます!!
そこで散歩後を中心にブラッシングでアレルゲンを落とすことも重要です。
毎日シャンプーするのは大変でもブラッシングであればできると思います。
ブラッシングが苦手な犬は体を拭いてあげるのも効果的です。
スキンケア・角質を整える
アトピー性皮膚炎の犬では角質状態が悪く、病原体やアレルゲンが侵入しやすく、水分が逃げやすくドライスキンの状態になりやすくなっています。
ベタベタな犬
ウエスティーやシーズーではベタベタと脂っぽい体の犬がいます。
こういう状態を『脂漏症』と言います。
脂漏症では表皮のターンオーバー(通常約20日)が短くなり角質層の異常がおこります。
また、脂漏症による皮膚炎がおこったり、マラセチアが繁殖しやすくなったりします。
脂漏症の場合
サリチル酸、過酸化ベンゾイル
などの有効成分を含んだシャンプー(角質溶解シャンプー)が効果的です。
ただし、皮脂膜が減少するため保湿剤を併用する必要があります。
痒みのある犬のシャンプーの際は、
できる限り急激に皮膚の温度をあげないことがポイントです。
使う水もできれば温水プール位の温度にし、ドライヤーを使う場合は冷風がいいと思います。
皮膚の温度が急激に上がり一気に血行が良くなると痒みが増してしまいます。
ドライスキン
角質層の異状により水分が保持できなくなっている乾燥肌です。
上にある図のように水分は逃げていき、アレルゲンも入り込みやすい状態になっています。
シャンプー➕保湿剤の使用がおすすめです。
ドライスキンの場合
グリセリン、プロピレングリコール、リピジュア
脂肪酸、尿素、乳酸、セラミド関連物質
などの有効成分を含んだシャンプーが効果的です。
『AFLOAT DOG VET モイスチャライズフォーム(150g)』【犬用】【アフロートドッグ】【泡タイプ保湿剤】(皮膚)
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免疫を考慮したアトピー管理
外用剤
アトピー性皮膚炎の治療に用いる外用剤には、一般的に上の表のようなステロイド剤や免疫抑制剤が含まれています。
外用剤には、軟膏、クリーム、ローション、スプレーなどがありますが、担当の獣医師と相談してどのタイプがいいかを決めると良いですね。
痒いところ・気にしているところに塗ると、まず舐めますね。
塗ったことを意識させないようにすることがポイントです。
散歩前に塗ったり、食事前に塗ったりして時間をかせぎたいところです。
アトピー性皮膚炎では免疫が暴れて炎症を起こしている状態になっています。
ステロイド剤・オクラシチニブ・シクロスポリン・抗体薬などは、火消し役だったり、免疫を抑制する働きをします。
インターフェロンγ・減感作療法は、異常な免疫を調整する働きをします。
抗ヒスタミン薬・必須脂肪酸サプリメントは、補助的な役割です。
ステロイド剤(グルココルチコイド)
ステロイド剤はアトピー性皮膚炎では即効性があり効果的な薬です。
もしも長期で使用する場合には、他の治療を組み合わせてできる限り薬の量を減らすことで副作用を減らすことができます。
でも、非常に効果的で痒がっている犬を快適にさせてあげるには良い薬です。
色々な副作用がありますが、獣医師の指示に従って使用すればその副作用も少ないです。
実際に多くの犬がステロイドを使用することでアトピーと上手く付き合ってますよ。
オクラシチニブ
オクラシチニブは、犬のために開発された新しい薬になります。
ステロイド剤と同じくらい早く良く効き、副作用が少ないことが知られています。
日本では2016年から使われている新薬ですが、米国や欧州では既に使われて効果的であることがわかっているため、
『動物アレルギー性疾患国際委員会(ICADA)によるガイドライン』
でもその使用を推奨されています。
Treatment of canine atopic dermatitis: 2015 updated guidelines from the International Committee on Allergic Diseases of Animals (ICADA)
Thierry Olivry, Douglas J. DeBoer, Claude Favrot, Hilary A. Jackson, Ralf S. Mueller, Tim Nuttall, Pascal Prélaud and for the International Committee on Allergic Diseases of Animals
BMC Veterinary Research (2015) 11:210
シクロスポリン
この免疫抑制剤は、『動物アレルギー性疾患国際委員会(ICADA)によるガイドライン』ではアトピー性皮膚炎の慢性期治療として推奨されています。
飲み始めてから約1ヶ月は効果がでこないので、治療を始めて1週間くらいで『効かない!!』とやめてしまうのはもったいないです。
効果が出てきた場合は、1日おきにしたり2日おきにしたりと減らすことができます。
飲み始めに嘔吐する犬がいたり、長期の使用で歯茎が盛り上がったりすることがあります。
抗体薬(ロキベトマブ)
2019年末より使用可能になった注射薬です。
アトピーでは様々なサイトカインと呼ばれる物質が痒みをひきおこしますが、
その主要な『IL-31』を特異的に抑制します。
今までの薬と違い、犬用の抗体医薬品(タンパク質)なため副作用のリスクは低いです。
さらに、1ヶ月間効果が持続するというのも特徴です。
- アトピーになりやすい犬種がいる
- アトピーは痒みに敏感な体質、皮膚のバリア機能が弱い
- 掃除や空調管理、ブラッシングでアレルゲンを減らす
- シャンプーや保湿剤でスキンケアをしてバリア機能を高める
- 乱れた免疫を薬でコントロールする