どちらも動物病院にかかってきた電話の内容です。
2頭の猫を診察した結果は『心筋症』でした。
もくじ
心筋症ってなに?
心筋症は『心機能障害を伴う心筋疾患』と定義されています。
つまり、心臓の筋肉に問題をきたして心臓機能が低下してしまう病気ということになります。
日本循環器学会/日本心不全学会が合同で出している心筋症診療ガイドラインでは人における心筋症は下図のように分類されています。
このガイドラインで言う二次性心筋症(特定心筋症)は、特定の原因があるためにその影響で心臓機能が低下してしまったもので、高血圧や周産期、薬剤性心筋症などがあげられます。これらを除外できた場合に真の意味での心筋症という診断になります。
猫での心筋症分類
人と同様に二次性心筋症(特定心筋症)を除外し、猫でも5つの心筋症に分類されています。
猫の場合に多く見られる二次性心筋症(特定心筋症)は、高血圧によるものと甲状腺ホルモンによるものです。
高血圧があると心臓が頑張って血液を送り出さなければいけないために筋肉が肥大化していきます。
甲状腺機能亢進症では、甲状腺ホルモンが多量に分泌されて心臓にムチをうって頑張らせている状態になります。
猫では肥大型心筋症が最も多い
上記の心筋症分類の中で『肥大型心筋症』が猫で最も多い心筋症とされています。
肥大型心筋症の問題点:ポンプとして機能が低下する
本来、心臓は肺からの酸素を満たした血液を受け入れ、それを全身に送り出すポンプとしての機能があります。
肥大型心筋症は心臓の筋肉が肥大化、つまり厚みを増してしまう心筋症です。
筋肉が厚みを増していくと3つの大きな問題があります。
- 心臓の筋肉が厚みを増す際は内側に向かって厚みが増す(求心性肥大)ため、心臓の中の空間が狭くなり受け入れられる血液量が減少します。これは全身に送り出す血液量が減ってしまうことを意味します。
- 肥大した心筋は同時に広がりにくくなるという特徴があります。これもまたポンプとしての心臓機能を低下させています。
- 心筋細胞の肥大、心筋細胞の配列・走行の乱れ(正常であれば規則正しく並んでいる)、心臓自体に酸素・栄養を運ぶ血管が狭くなる(心室壁内小動脈の狭小化)ため心筋への酸素・栄養供給が制限されて心筋の変性・壊死を起こす。
拘束型心筋症も比較的よく診断されますが、このタイプの心筋症は心内膜と呼ばれる心臓の内張りや心室筋が障害を受けて拡張能が低下してしまいます。つまり広がりにくくなります。
違う病気である肥大型心筋症と拘束型心筋症ですが、どちらも心臓が広がりにくくなる(拡張不全)ため心臓のポンプとしての機能が低下してしまうという意味では同じです。
血液を送り出す量が減ってしまった場合、それを補うために心拍数を増やして対応しますがそれもいつか対応できなくなります。
心筋症の原因は?
非常によく質問されるのですが、
いまだにはっきりとは解明されていません。
原因の1つとしては遺伝子変異があるとされています。人では11種類以上の遺伝子で1400種類以上の遺伝子変異が報告されています。一方、猫では心筋ミオシン結合タンパクC(MYBPC3)、心筋ミオシン重鎖(MYH7)の遺伝子変異が報告されています。ただし、これらの遺伝子に変異が見られても発症しないこともあり、様々な原因が複合的に関与していると思われます。
心筋症の症状
初期には先ほども言ったように心拍数を増やすことでカバーするために、症状がほとんどありません。
「少し食欲がないかな?」
「疲れやすくなったような気がする」
この程度のごくわずかな変化があるかもしれませんが、気づくのは難しいです。
何かのきっかけで病院での診察を受ける際に、聴診器で胸の音を聴いてもらって心雑音・不整脈に気づいたり、レントゲン検査をした際に心拡大を指摘されて気づくケースが多いように思います。
呼吸が苦しい:肺水腫・胸水
進行してしまっている場合に最も多くみられる症状は呼吸困難です。
これはうっ血性心不全と呼ばれる状態で、進行した心筋症による肺水腫・胸水のためです。
繰り返しになりますが、心筋症の場合は心臓、特に左心室が広がりにくくなり(拡張不全)、多くの血液を受け入れることができなくなります。
血液は肺で酸素をもらい左心房に帰ってきます。左心房から左心室、左心室から全身へと送り出されます。
左心室が広がりにくくなると、その手前の左心房・肺に血液がうっ滞してしまうために肺水腫・胸水となります。
肺水腫は肺に水が溜まってしまう状態で、呼吸によるガス交換ができずに苦しくなります。
胸水は胸腔と呼ばれる空間に水が溜まっている状態で、呼吸をしたくても肺が十分に膨らむことができずに苦しい状態で苦しくなります。
✳︎胸腔:胸は肋骨と横隔膜で囲まれた箱のようになっていて、その中に心臓と肺が入っています。そのスペースを胸腔と呼びます。
急に立てなくなる:動脈血栓塞栓症
拡張不全により広がりにくくなった左心室で受け入れられない血液は、左心房でうっ滞します。そのために左心房は大きく拡張します。
大きくなった左心房の中では血液は流れが悪くなりドロドロとなっていずれ凝固して血栓(血の塊)を作ります。
左心房内にできた血栓が心臓から流れ出てしまい、どこかの血管を詰まらせてしまったのが動脈血栓塞栓症です。血栓はどこの血管にも詰まる可能性があります。脳の血管に詰まればてんかん様の発作を起こし、腎臓に詰まれば急性腎障害や血尿が見られます。つまり、血栓がどこに詰まったかで症状が違うということです。最も詰まることが多いのが腹大動脈の遠位、腰のあたりの血管です。このため両方の後ろ足に血液が流れなくなるために両側性の後肢麻痺となります。
動脈血栓塞栓症では、強い痛みを伴うために呼吸が荒くなりバタバタと動き回ります。
その際に後ろ足を触ると冷たくなっていて、肉球の色も悪くなっています。
「階段から落ちた」との主訴で来院した猫。
痛がるようにもがき、呼吸があらい状態でした。
身体検査をすると、後ろ足は両方とも冷たく肉球の血色も悪くチアノーゼとなっていました。
鎮痛剤と酸素吸入をして落ち着いたところで検査を行った結果の診断は、
”心筋症による動脈血栓塞栓症”
でした。階段から落ちたことで痛がっていたのではなく、動脈血栓塞栓症が原因で後ろ足が効かなくなってしまい階段から落下してしまったと思われます。
診断
様々な検査を総合的に判断して診断しますが、ハッキリしないこともあります。
例えば肥大型心筋症では超音波検査で心筋の厚さを計り、(拡張末期で)6mmを超えている場合は”肥大あり”と判断しますが、様々な要因が影響します。
判断に苦慮することも多く、そういった場合は定期的に検査を繰り返して診断する必要があります。
問診
健康に見える猫の中でも肥大型心筋症であった猫が約15%いたとの報告もあります。
先ほどの症状のところでも言ったように、初期の心筋症では家での症状はあまり気づきにくいと思われます。
ただし、少しの変化が重要だと思います。
「何となくいつもと違う気がする」
「キャットタワーで遊ばなくなったような気がする」
そんなことも動物病院での診察の際に獣医師に伝えて下さい。
そこから検査に進んで問題が無かったのであればそれで良いと思います。
重度の心筋症では呼吸困難のために、食欲不振、元気消失、失神などが起こることがあります。それを伝えましょう。
今まで何でもなかったのに急に症状が出た場合は、何かきっかけがあったと予想されます。
例えば、
調子が悪かったので前日に点滴をしてもらった
何かの病気のためにステロイドの注射または内服薬を使用した
などで肺水腫や胸水の症状が出ることがあります。
体は少しずつの変化には体が対応できます。
心筋が厚みを増して左心室の内腔が狭くなっていれば心拍数を増やして対応しています。そこに点滴で急激に水分が増えることで心臓は対応できなくなってしまいます。ステロイド剤も血管の中に水分を貯め込むような作用があります。このために急に心臓に対する負荷が大きくなり肺水腫・胸水などのうっ血性心不全の症状が現れることがあります。逆に言うと、このようなことで症状が出る猫はそれまでギリギリのところで症状を出さずに隠していたということです。
少しでも気づいたことがあったら獣医師に伝えましょう。
身体検査・聴診:でも、猫の聴診は難しい・・・
猫の場合、元々の心拍数が非常に早く、病院に入り診察台に乗せられて緊張がピークに達していると心拍数も跳ね上がります。心拍数が早すぎると心臓からの雑音は分かりづらくなります。
また、聴診器をあてていると”ゴロゴロ〜”と喉を鳴らす猫もいます。そうするとその音は胸まで響いているために心臓の音が聞こえなくなってしまうんです。
肥大型心筋症の猫の中には聴診器で聴いても心雑音が無い場合もあります。
逆に心雑音があって検査をしても心筋症ではなかったということもあります。
ただし、聴診器での心雑音が検査のきっかけになれば早期に心筋症が見つかるかもしれません。
レントゲン検査
レントゲン検査では初期の心筋症は判断できないことが多いです。
例えば肥大型心筋症の場合、心筋は内側に向かって厚みを増すために外から見た心臓の大きさに変化は無いんです。心筋症が重度になってくると左心房と呼ばれる部屋が大きく拡張するためにレントゲン検査でも分かるようになります。
うっ血性心不全になっている場合、血管の拡張が見えたり、肺水腫・胸水が明らかになります。
超音波検査
猫の心筋症の診断には超音波検査は必要不可欠な検査です。
超音波検査では心筋の厚みが分かるだけでなく、左心室内腔の状態、左心房の大きさ、血栓形成の有無など様々のことがわかります。
心電図検査
心筋症の猫では心筋細胞への障害が起こっているために不整脈を伴うことが多いです。
高血圧、甲状腺機能亢進症を除外する
人の心筋症と同様に二次性心筋症となる病気がないかをチェックする必要があります。
猫の場合では、特に血圧測定、甲状腺ホルモン測定が重要になってきます。
高血圧が重度になると、二次性心筋症ばかりでなく網膜剥離を起こし失明してしまいます。
甲状腺機能亢進症では、症状として食欲が旺盛なのに痩せてしまうということが多いです。
他にも様々な基礎疾患がないかを血液検査やレントゲン検査、超音波検査、尿検査などで総合的に診断する必要があります。
治療
基礎疾患(高血圧や甲状腺機能亢進症など)がある場合は、まずはその治療を行います。
治療は根治的なものではなく、症状緩和や負担軽減などの補助治療ということになります。
基本的には内科治療、内服治療となりますが治療の開始は各種検査結果を総合判断して検討します。
- 症状がなく、左心房拡大がない場合(左室流出路閉塞がない)
治療はまだ不要です。
6〜12ヶ月に1回の定期検査が必要です。 - 症状がある、左心房拡大がある場合
左心房拡大の程度により血管拡張薬、強心薬、抗凝固薬の使用を開始します。
左室流出路閉塞があり低血圧症状がある場合にはベータブロッカーの使用を検討します。
肺水腫・胸水などのうっ血性心不全では利尿薬の投与を行います。
・血管拡張薬
・ベータブロッカー
・強心薬
・抗凝固薬
・利尿薬 - 重度の呼吸器症状がある肺水腫・胸水、血栓症の場合
集中治療が必要になります。
症状が安定しても胸水貯留が見られる場合は、症状に合わせて胸水を抜いてあげる必要があります。
動脈血栓塞栓症について
心臓病以外でも動脈血栓塞栓症を起こすことはありますが原因として最も多いのが心筋症になります。
そして、心筋症が原因として起こる動脈血栓塞栓症では予後が悪いことが分かっています。
先ほども言ったように、血栓ができるということは多くの場合は高度に左心房が拡大してしまっていて、心筋症が進行してしまった状態ということになります。
- 両後肢に麻痺が見られる場合、生存して退院する確率は30〜40%
- 1肢のみに麻痺が見られる場合、生存して退院する確率は70〜80%
- 動脈血栓塞栓症の治療を受けた猫のその後の生存期間は比較的短い
- 動脈血栓塞栓症の再発率は17〜50%
- 閉塞した動脈血流が疎通しない場合、その肢が壊死またはミイラ化することがある
家でできること
若いうちから健康診断:1歳未満でも肥大型心筋症のことも!!
ある報告では3〜9歳の猫の18.6%、9歳以上では29.4%の猫が肥大型心筋症と診断されました。1歳未満でも4.3%の猫で肥大型心筋症が診断されています。
このことからも
「うちの子は若いから大丈夫」
とは言えません。
少なくとも1年に1回の健康診断(できれば6ヶ月に1回)に連れて行きましょう。
呼吸数チェックを習慣化
自宅でぜひ行っていただきたいのは
呼吸数のチェック
です。症状のところでもお話ししましたが心筋症では”呼吸困難”がみられることが多いです。
では、猫の呼吸をチェックしてみましょう。
呼吸数の測り方は、
- 安静時(寝ている時など)、リラックスして寝転んでいる際に測る
- スー(胸が膨らむ)、ハー(胸が縮む)のセットで1回の呼吸
- 15秒間で何回呼吸したかを数える
- 4倍すれば1分間の呼吸数(○ 回/分)
例えば、スー・ハーが15秒間で5回であれば、5回×4=20 回/分となります。
呼吸数が30回を超えたら病院へ!!
猫の安静時呼吸数は16〜25 回/分です。
心臓病を診断されている猫の場合、1分間の呼吸数が30 回/分を超えている場合は胸水・肺水腫の存在が疑われます。出来る限り早く病院で診察してもらうようにしましょう。
いつもと違うな、何か変だなと思ったら病院へ
初期の心筋症では症状が非常に分かりづらく気づかないことがほとんどです。
もしも、『いつもと違う気がする』『何か変な気がする』と思った場合には動物病院で診察してもらいましょう。
薬を飲ませてと言われたけど・・・
このような質問もよく受けます。食欲が旺盛で元気な猫であれば薬を食事に混ぜても飲んでくれますが、多くの猫では難しいかもしれません。
獣医師から
と言われたら、飲ませ方も相談すると良いですね。
猫の薬の飲ませ方の記事もあるので読んでみてください。
どうしても薬を飲めない場合は、獣医師に相談して薬の優先順位を決めてもらいましょう。
- 絶対飲みたい薬
- 飲めるなら飲む薬
と決めてもらうと気が楽になります。
それでも薬が飲めない場合は・・・
この相談もよく受けます。
飼い主様の気持ちも良く分かります。
- わが子を少しでも良くしてあげたい
- 1日でも元気に過ごして欲しい
飼い主であれば誰でも願うことです。
やれるだけのことをやっても治療が難しい場合は、
やはりかかりつけ医によく相談してみましょう。
・猫の心筋症では肥大型心筋症・拘束型心筋症が多く、子猫でも心筋症の可能性がある
・初期の症状は分かりにくく、重度になると呼吸困難となる
・呼吸困難は肺水腫・胸水によるものが多い
・重度の心筋症では動脈血栓塞栓症が起こることがある
・若いうちから健康診断を受ける
・自宅での安静時呼吸数を測るようにする