比較的多い診察室でのやりとりです。
犬では10頭に1頭で腎臓病に罹患すると言われています。
食欲低下、嘔吐、おしっこが多い、水をよく飲むなどは慢性腎臓病でよくみられる症状です。
もくじ
症状
腎臓の機能
腎臓は犬の腰あたりに左右1つずつあって形はそら豆型をしています。
腎臓は「ネフロン」という構造がたくさん集まってできていて、このネフロンという構造は人では左右の腎臓で合わせて200万個、犬では80万個、猫では40万個ほどあると言われています。
ネフロンは「糸球体」と「尿細管」からできています。
糸球体は血管のかたまりで、血液をろ過(血液から老廃物を除去)する役割があります。ろ過されたものは原尿と呼ばれ、人では1日に150リットル、(10kgの)犬ではおよそ50リットルもの原尿が作られ尿細管へと流れます。
でも、そんなにおしっこしませんけど。。。
尿細管では原尿の99%を再吸収しています。
原尿には、老廃物以外に、アミノ酸やブドウ糖などの栄養素や、塩分(ナトリウム)やカリウム、リンなど、さまざまなイオン(電解質)も含まれています。このような体にとって必要な成分と水を再吸収して最終的に不要な老廃物とそれを捨てるのに必要な最小限の水分を尿として排出し、尿管を通って膀胱にいきます。
腎臓は尿を作る以外にも様々な役割を果たしています。
老廃物の排泄
水分の調節
電解質(ミネラル)のバランス調節
酸塩基平衡のバランス調節
造血ホルモンの分泌
血圧の調節
ビタミンDの活性化 など
腎臓機能の低下による症状
慢性腎臓病では腎臓の機能が低下します。先程言った腎機能が低下するので次のような症状が出ます。
老廃物の排泄能低下、ミネラル調節能低下
→食欲不振、嘔吐、下痢、痙攣、意識障害
水分の調節能低下
→おしっこが多い、水をよく飲む
酸塩基平衡の調節能低下
→呼吸があらい
造血ホルモンの分泌低下
→貧血
血圧の調節能低下
→高血圧
ビタミンDの活性化能低下
→骨が弱くなる
おしっこが多い(おしっこが薄い、匂いがない)
水をよく飲む
吐くことが多い
食欲がない
便秘がちになった
被毛がぼそぼそしてきた
口が臭い
やせてきた
歯グキが白くなってきた
こんな症状がみられたら『慢性腎臓病』かもしれません。
病院へ行って検査をしてもらいましょう。
慢性腎臓病の原因
腎臓はネフロン構造からなり、ネフロンは糸球体と尿細管からできていると話しました。慢性腎臓病は大きく分けて『糸球体障害』と『尿細管間質障害』とに分けられます。
糸球体障害は一般的には糸球体腎炎と呼ばれ、特発性障害や感染症、免疫疾患、膵炎などから免疫複合体が作られることが原因となったり、アミロイドーシスや糸球体硬化症、副腎皮質機能亢進症などが原因になったりします。ろ過が障害されるためにタンパク尿となります。犬ではこの糸球体障害が多いとされています。
尿細管間質障害は虚血や感染症、尿路閉塞や腎毒性物質が原因で起こります。
一度腎臓の障害が起こると負のスパイラルとなり、タンパク尿自体がネフロンを障害したり、糸球体肥大、糸球体高血圧、繊維化、慢性の低酸素・酸化ストレスなどで腎臓病がさらに進行していきます。
家でできること
・定期的に尿検査をしてもらう
散歩の時に取った尿を病院へ持っていくだけでもいいです。
(その尿で異常があれば診察を受けましょう)
犬の慢性腎臓病では糸球体疾患が多く、そのためタンパク尿となっていることが多いです。
タンパク尿は腎機能が低下するよりもはるかに早くから出ています。5歳以上の犬では定期的に尿検査を行いタンパク尿になっていないかをチェックするのが良いでしょう。
・飲水量を測る
1日でどのくらいの水を飲んでいるか測ってみましょう。
ペットボトルに水を入れておき、そこから器に水を入れます。器に入れる水の量はいつも一定にするようにしておけば、ペットボトルの水の量を見ることで一日の飲水量がわかります。
1日に体重1kgあたり90ml以上(5kgの犬で450ml)飲んでいる場合は多すぎます。病院での検査を受けましょう。
診断
慢性腎障害では早期にはほとんど症状がありません。腎機能が30%位まで低下(70%が壊れて)して初めておしっこが多い(薄い)、水をよく飲むという症状がでます。
身体検査
身体検査では鼻から尻尾の先まで全身を詳細にチェックします。
眼や口腔粘膜、皮膚の状態で脱水状態を把握し、毛ヅヤのチェックや腹部の触診などを行います。
聴診器で心臓の音もよく聴きます。腎臓疾患の犬は高齢犬に多く、心臓の僧帽弁閉鎖不全症を併発していることが多いです。これを『心腎連関』と言います。
血液検査
血液検査で全身状態をチェックしますが、腎機能の指標であるクレアチンは腎機能が約25%まで低下しないと異常は出てきません。つまりクレアチンが正常値でも50%の腎臓が障害を受けているかもしれません。
SDMS(対称性ジメチルアルギニン)
“SDMA”というのは、腎臓のバイオマーカーの1つです。
昔から測定されているクレアチニンでは、腎機能の75%が失われるまで数値が上昇しませんでしたが、
このSDMAでは、腎機能が40%失われた時点で上昇することが分かっています。
早い場合は、25%の喪失でも上昇することがあります。
また、クレアチニンは筋肉の分解産物であるため筋肉量の影響を受けますが、SDMAはこの影響を受けないためにより優れた指標とされています。
1〜9歳では7%、10〜11歳では11%、12歳では16%、15歳以上では42%とSDMAが高値を示すとされています。
尿検査
尿検査では特に尿比重(尿の濃さ)、尿タンパクをチェックします。
尿が薄くなるのも腎機能が30%位まで低下してからです。
タンパク尿はもっと早くからみられますが、全ての腎臓病でタンパク尿となっているわけではなく糸球体疾患のみです。
糸球体障害によるタンパク尿は重度のタンパク尿になることが多く、尿細管間質障害によるタンパク尿は軽度であることが多いです。
タンパク尿である場合は2週間以上の間隔をあけて2回以上の検査します。一過性である場合は治療の必要はありません。
レントゲン検査・超音波検査
画像診断では、腎臓の構造異常を検出します。また、腎臓以外の臓器のチェックを行います。
血圧測定
慢性腎臓病でも特に糸球体疾患では高血圧になっていることが多く、高血圧は慢性腎臓病を悪化させる因子となっています。また、高血圧はタンパク尿の悪化因子にもなってます。
そのため血圧測定は必ず行うようにします。
組織検査
糸球体疾患の評価には腎臓の組織生検が必要になります。
ただし、犬にとって組織生検は負担が大きいためにまずは内科治療を行いタンパク尿が改善されない場合に検討します。
IRISによる慢性腎臓病ステージング
国際獣医腎臓病研究グルーブ International Renal Interest Society(IRIS)では血液検査結果からクレアチン・SDMA濃度を基準に病期分類(ステージング)をしています。
ステップ1.
空腹時の血漿クレアチニン・SDMA濃度に基づいて分類
犬が十分に水和している状態で2回以上測定
ステップ2.
タンパク尿と血圧に基づいてサブステージ分類を行う
治療
Stage1の治療
・基礎疾患の検出と治療
・腎毒性薬剤の中止または慎重投与
・腎前性・腎後性の異常を是正
・脱水の補正
・リンを4.6 mg/dL以下に維持
・タンパク尿がある場合は食事療法および投薬
・高血圧がある場合は高血圧の治療
Stage2の治療
・Stage1の治療に加えて
・腎臓療法食
・低カリウム血症の治療
・代謝性アシドーシスの治療
Stage3の治療
・Stage2の治療に加えて
・リンを5.0 mg/dL以下に維持
・PCVが20%以下の場合は貧血治療
・嘔吐、食欲不振、悪心の治療
・輸液による水和状態の維持
Stage4の治療
・Stage3の治療に加えて
・リンを6.0 mg/dLに維持
・栄養チューブの設置を検討
・透析、腎臓移植の検討
残念ながら腎臓病は治る病気ではありません。
そのため治療目標としては、
進行を遅らせ、生活の質を上げる
ということになります。
まずは、基礎疾患があるのであれば可能な限りそちらを治療するというのが基本です。
慢性腎臓病では悪化因子が分かっているものがあります。
その悪化因子を抑制することができれば進行を遅らせることができるということです。
- タンパク尿
- 高血圧
- リン
- カルシウム
- 脱水
タンパク尿は特に腎臓病を悪化させることが知られています。お薬を使ってできる限りタンパク尿を軽減することが必要になります。
高血圧に対しては降圧剤が必要になりますが、少ない量からスタートして血圧が下がりすぎないように血圧測定をしながら量を増やしていきます。
リンやカルシウムに関しては腎臓病療法食やリンの吸着剤を使用して下げるようにします。
食事療法の目的はリンの摂取制限となっています。このリンの摂取制限をすることで延命効果が報告されているからです。また、食事療法はタンパク制限という目的も持っています。これは尿毒症の軽減とタンパク尿を抑えるためです。
慢性腎臓病では脱水傾向にある犬が多いです。
十分に水を飲ませてあげて下さい。ウエットフードやドライフードをふやかすことでも水分とらせることができます。それでも脱水が悪化するようであれば皮下補液や静脈点滴の必要があります。
慢性腎臓病が進行すると食欲が無くなったり、吐き気が出たりします。そんな時は食欲増進剤や吐き気止めなどの治療が必要になります。
貧血がすすんでいる場合は増血剤の注射や鉄剤の内服が必要になります。
家でできること
定期検査を受ける
できる限り早く腎臓病を発見するために尿検査を定期的に行いましょう。
タンパク尿が出ている場合は、精密検査を行い早期治療をしましょう。
食事療法を取り入れる
慢性腎臓病の治療の主軸になるのが食事療法です。
療法食も様々な会社から色々な種類が販売されています。1種類を試して食べなくても諦めずに食べるものを探しましょう。
缶詰なら冷蔵庫から出して食べない場合、少し温めてあげると食べることがあります。
お団子みたいにして手であげると食べることもあります。
ドライフードではササミの煮汁を加えてふやかすと食べることがあります。
床材は大丈夫?
高齢の犬では食事の際に足が弱く、踏ん張ることができずに食事ができないのかもしれません。
ゴムマットやコルクのマットを敷くことで踏ん張って食べやすくなります。
関節炎があったり筋力の弱っている犬では食器の高さも高くしたほうが食べやすいです。
立っているのがしんどい犬では伏せのまま食事をあげます。
いつも食べているところと場所を変えると食べる場合があります。
病院だと食べるという変わった犬?(笑)もいました。
どうしても食べてくれない場合は、療法食にトッッピングをしたり、一般食を少し混ぜたりすることもあります。
目は見えてる?匂いは嗅げている?
高齢の犬では視力が落ちていたり、嗅覚も落ちている場合があります。
そうだとすると食べたくても食事の位置が分からないかもしれません。
口元に運んであげたり、わざと鼻につけてみたり、少し口の中に入れてあげたりしてみてください。
食欲がないのは療法食が嫌い?
食べたいけど、実は歯周病が酷くて食べられないのかもしれません。
高齢の犬の場合ほとんど歯周病があります。重度であるとグラグラと歯が揺れていて痛くて食べたくないのかもしれません。
若いうちから歯磨き、歯周病対策をしておくことで病気になった際にこんな苦労をしなくて済みます。
気持ち悪くて受けつけない?
慢性腎臓病が進行してくると消化器症状(吐き気、嘔吐、下痢、便秘)などが起こりますが、このせいで食べたくないのかもしれません。
胃薬を内服し始めたら食べるようになったり、吐き気どめを使うことで活発になり食べるようになった犬もいます。気持ち悪くてヨダレを垂らしている犬もいます。
こんな場合はかかりつけの獣医師に胃薬や吐き気どめの処方をお願いするのも良いかも知れません。
脱水対策をする
脱水は慢性腎臓病を悪化させます。
できる限りいつでも水を飲めるようにしましょう。
食事のところでも言ったように、高齢犬では関節炎や筋力低下のため踏ん張ることができなくなっています。水の器も高くして滑らないマットを敷いて負担を少なくしてあげた方が良いです。
自分からお水を飲まない場合は食事に水を混ぜてあげてください。それを嫌がるならササミの煮汁などを加えても良いです。
氷が好きな犬もいます。
脱水がなかなか改善しない場合に病院で皮下補液をすることがありますが、この皮下補液を自宅でやっていただくこともあります。
吐いたり、下痢したりしてしまった場合は一気に脱水が進みます。
できる限り早く病院へ行くようにしましょう。
・定期的な尿検査で腎臓病を早く見つける
・治療の目標は
進行を遅らせ、生活の質をあげること
・食事療法が治療の主軸
・脱水対策が重要