”下痢”は動物病院の日々の診療の中でももっとも多くみる病気の1つです。
人間でも1年に何度か下痢をしてしまうことはあるのではないでしょうか?
今回はそんな”下痢”の勉強です。
『どんな時がすぐに病院にいった方がいいの?』
『家で少し様子を見ていいのはどんな下痢なの?』
こんなことが理解できればと思います。
もくじ
“下痢”ってどんな状態のこと?
ヒトで“下痢”というとイメージするのは、
お腹が痛くてトイレに駆け込んで・・・。
犬猫で下痢の定義としては、
- 硬さの減少(軟便)
- 粘液に包まれた便
- 排便回数の増加
ということになります。
通常の便では水分を70〜80%含んでいますが、それよりも水分量が増加すると柔らかくなり、便を取ろうとすると地面にくっついたり、掴めなかったりします。
水分量の増加により軟便、泥状便、水様便と呼んだりもします。どれも下痢の状態です。
腸管内の水分と便
人の場合、1日平均で約9リットルもの液体が消化管内を流れています。
人は1日に約2リットルの水分を摂取します。
その飲水以外にも腸管内には多くの水分が分泌されるんです。
- 唾液 唾液は1リットル出ています。唾液に含まれるアミラーゼ(消化酵素)によりデンプンを分解しています。
- 胃液 胃液は2リットル分泌されています。胃液に含まれるペプシノーゲン(消化酵素)と塩酸によりタンパク質を分解しています。
- 胆汁 肝臓で作られ、胆嚢に蓄えられ十二指腸に分泌されています。1日に約0.4リットル分泌され、脂肪の構造をを細かくして消化を助けています。
- 膵液 デンプンを分解するアミラーゼ(消化酵素)、タンパク質を分解するトリプシン(消化酵素)、脂肪を分解するリパーゼ(消化酵素)、核酸の分解酵素を含んでいて、約1リットル十二指腸へ分泌されています。
- 小腸液 種々の消化酵素を含んでいて、最終的な分解を行うように約2.6リットル分泌されています。
ここまでで水分のトータルが約9リットルになります。
小腸を通過する際に消化された栄養と共に約8リットル吸収されることになります。
4〜5リットルが空腸で、3〜4リットルが回腸で吸収されます。
残った1リットルが大腸へと流れ込みます。
大腸では消化酵素は分泌されずに、電解質の吸収や約0.8リットルの水分が吸収されて便を形作っています。
便として排泄される水分は約0.2リットルになります。
9リットルもの水分が消化管内を流れますが、その99%が腸で吸収されているんです。
20Kgの犬の場合の消化管の水分は下のようになっています。
上記のように多量の消化管を流れる液体は、
腸で99%が吸収されますが、水分の吸収能力が低下したり水分吸収能力を超えるような水分量になった際に下痢という形で水分量の多い便が排出されることになります。
この水分量の調節がうまくいかなくなった状態が下痢ですが、下痢の診断・治療では次のようなことを考える必要があります。
下痢を考える時の3つの大事なポイント
下痢の際には次の3つの事が大事なポイントになります。
- 急性?慢性?
- 小腸性?大腸性?
- 消化器病?続発性?
この3つを考えます。
急性?慢性?
急性下痢はまさに急に発症した下痢の事です。
数日から2週間未満を『急性』といっています。
2〜4週間続くものを『持続性』、3〜4週間以上続くものを『慢性』としています。
小腸性?大腸性?
小腸性なのか、大腸性なのかはおおよそ症状から鑑別できます。
下痢の回数が1日に1〜2回であれば小腸性の可能性が高く、4〜6回以上であれば大腸性の可能性が高くなります。
出血を伴う場合、黒色であれば小腸性、新鮮血であれば大腸性。
粘液を伴う場合は大腸性の可能性が高いです。
もっとも良く遭遇する下痢で、
急性(今日の朝から)
大腸性(下痢の回数が多い、粘液が出る、新鮮血、しぶり)
下痢
ということになります。小腸性、大腸性の区別を一覧にしたものが下の図になります。
消化器病?続発性?
下痢は様々な理由で起こりますが、何か基礎疾患があってそのために下痢を起こしている事があります。
その際は、基礎疾患の治療もしっかり行わないと下痢が治らない/悪化する事があるので、基礎疾患を見落とさないように注意深く検査を行う必要があります。
診断・治療
今までの事をもとに、次のようにカテゴリー分けをします。
- 全身症状のない急性小腸性下痢
- 全身症状のある急性小腸性下痢
- 急性大腸性下痢
- 慢性小腸性下痢
- 慢性大腸性下痢
このカテゴリー分けで行う検査、治療が変わってきます。
全身症状というのは、下痢以外の症状のことで例えば
『熱がある』『元気がない』『痛がっている』などが考えられます。
小腸性下痢の場合は嘔吐を伴う事が多いですが、大腸性の場合でも10〜15%の割合で嘔吐が見られます。
慢性下痢のために体重減少が見られる事があります。
小腸では消化・吸収を行なっているため、小腸にトラブルが起こり慢性化すると栄養吸収ができなくなるために痩せてしまいます。
全身症状のない急性小腸性下痢
このカテゴリーの下痢の原因は、
食事性、寄生虫・原虫、ゴミあさり、医原性
などが考えられます。
『食事を変更した』『盗み食いをした』など明らかに原因が分かっている場合で、
全身症状のない急性小腸性下痢
である場合は、自宅で経過をみることができます。
自宅での対処方法は後述します。
全身症状のある急性小腸性下痢
このカテゴリーの下痢の原因は、
細菌性(サルモネラ、大腸菌、クロストリジウム、カンピロバクターなど)
ウイルス性(ジステンパー、パルボ、コロナ)
その他(毒物、出血性胃腸炎、急性膵炎)
などが考えられます。
全身症状がある場合は、病院での診察・治療が必要です。
特に嘔吐がある場合は、食事をしても薬をあげようとしても吐いてしまうために脱水してしまうので、点滴や吐き気どめの注射が必要になります。
検査としては、問診、身体検査以外に糞便検査や血液検査、超音波検査などが必要になります。
ペットショップから来たばかりの子犬ではパルボウイルス感染症に注意が必要です。
この病気は命に関わる病気なんです。
急性大腸性下痢
このカテゴリーの下痢の原因は、
寄生虫(鞭虫など)、痙攣性、細菌性
などが考えられます。
このカテゴリーでも本人の元気があり食欲があるのであれば、
つまり全身症状がないのであれば、自宅で経過観察をすることができます。
自宅での対処方法は後述します。
慢性小腸性下痢
このカテゴリーの下痢の原因は、多岐にわたります。
病院でしっかりとした検査が必要になります。
全身症状が無く、今まで検査・治療をした事がないのであれば治療から始めることもあります。ただし、慢性経過で痩せてきているはずですので、スクリーニング検査と呼ばれる一般的に病院で行われる血液検査で除外可能な疾患を除外しておくことがオススメです。
検査としては、基礎疾患を見つけるために血液検査やホルモン検査、便の細菌培養検査、レントゲン検査、造影レントゲン検査、超音波検査などを行います。場合によっては麻酔をかけての内視鏡検査・組織生検が必要になる事もあります。
治療を開始する場合、まずは食事療法からはじめてその反応性を確認します。
食事に反応しない慢性下痢の場合は、次に抗生物質(メトロにダゾールなど)の反応性を確認します。
それでも反応しない場合は、できれば精密検査を行います。
その結果を考慮して免疫抑制剤の反応性を確認するようにします。
慢性大腸性下痢
このカテゴリーの下痢も原因は多岐にわたります。
慢性疾患は単純ではないんです。
病院でしっかりとした検査が必要になります。
ここでも全身症状が無く、今まで検査・治療をした事がないのであれば治療から始めることもあります。ただし、スクリーニング検査と呼ばれる一般的に病院で行われる血液検査で除外可能な疾患を除外しておくことがオススメです。
検査としては、基礎疾患を見つけるために血液検査やホルモン検査、便の細菌培養検査、レントゲン検査、造影レントゲン検査、超音波検査などを行います。場合によっては麻酔をかけての内視鏡検査・組織生検が必要になる事もあります。
治療を開始する場合、まずは抗生物質(メトロニダゾール、エンロフロキサシンなど)の反応性を確認します。
それでも反応しない場合は、できれば精密検査を行います。
その結果を考慮して免疫抑制剤の反応性を確認するようにします。
犬でも猫でも下痢の際には寄生虫による下痢はしっかり除外しておく必要があります。
慢性腸症
原因不明の慢性の胃腸炎は慢性腸症(chronic enteropathy:CE)と呼ばれています。診断は、
- 消化器症状(下痢、嘔吐、体重減少、食欲不振、腹鳴)が3週間以上続いている
- 胃腸疾患以外(肝臓、腎臓、膵臓、副腎など)の病気が除外されている
- 寄生虫、異物、腸重積、腸管腫瘍が除外されている
になります。
慢性小腸性下痢、慢性大腸性下痢をまとめた原因不明の胃腸炎と言うことになりますね。
犬の慢性下痢について調べた研究では次のようなものがあります。
慢性下痢の犬の90%が一次性腸症と診断された。
そのうち71%が炎症性(さらにそのうち66%が食事反応性、23%が特発性、11%が抗生物質反応性)、13%が感染性、4%が腫瘍性であった。M.Volkmann:J Vet Intern Med 2017
慢性下痢の犬猫では慢性腸症と診断されることが多いです。
犬では寄生虫、腫瘍にも注意が必要ですが、
膵外分泌不全(脂肪便・白っぽい便がでる)や副腎皮質機能低下症(アジソン病)もしっかり除外する必要があります。
猫の場合は、甲状腺機能亢進症による慢性下痢が比較的多く見られます。
『元気でよく食べるけど痩せてきた』
なんて場合は甲状腺機能亢進症の可能性があります。病院で診察してもらいましょう。
慢性腸症の治療
慢性腸症である場合、その多くが食事反応性腸症であることから食事療法から開始することが多いです。2〜4週間ほど食事療法をやってみて改善傾向があるのかを判断します。
改善がみられない場合は、抗生物質(メトロニダゾール、エンロフロキサシンなど)を試験的に使ってみます。これで改善があれば抗生物質反応性腸症ということになります。
ここまでで改善がない場合、
できれば内視鏡による組織検査をオススメします。
組織検査によりリンパ腫などの腫瘍を除外しておきたいからです。
その結果によって、免疫抑制剤を使用します。免疫抑制剤にも様々なものがありますがステロイド剤が最初に選択されます。
免疫抑制剤に反応しないものを治療抵抗性腸症と考えます。
その際に(リンパ管拡張症を含む)たんぱく喪失性腸疾患の場合、超低脂肪食への切り替えで症状の改善がみられることがあります。
治療をして症状をみながら組織検査を含めた検査を繰り返すこともあります。
家でできること
状態把握と診察の際に伝えてほしいこと
先ほど言ったように、下痢の際は症状からカテゴリー分けを行います。
動物は診察室で話をしてくれません。
飼い主様が動物の状態を把握して、動物の代わりに獣医師に伝えてください。
それが診断の役に立ちます。
- いつから下痢が始まったか
- 下痢の状態(水溶性、血が混じってる、粘液が混じってる、黒いなど)
- 排便の回数
- 下痢以外の症状(嘔吐、元気のあるなし、食欲、なんとなく痛がってるなど)
- 食事・オヤツの変更
- 生活環境の変化(長時間の留守番、お客様が来ていたなど)
- 散歩中に拾い食いをする癖は?草むらに顔を突っ込む?
- 何か薬を飲ませたか
家で様子を見る場合
色々なタイプの下痢があることは分かったと思いますが、基本的には病院での診察をオススメします。
元気いっぱい、吐き気のない急性下痢
(急性小腸性下痢、急性大腸性下痢)
の場合は、自宅で様子をみるのもいいと思います。
ただし、
元気が無くなったり、吐き気が出て来たらすぐに病院に行きましょう。
また、2〜3日しても治らない下痢の場合は病院に行きましょう。
家での対処法
もしも食事変更をしてから下痢をしているのであれば、元の食事に戻しましょう。
同様に新しいオヤツをあげてから下痢してるのであればやめましょう。
食事はいつも通りあげていただいて構いませんが、回数を分けてあげるのも良いと思います。(1日2回の食事を3〜4回にしてあげたり)
いつもの食事が心配という方は、白米をあげるのも方法です。
白米は病院で処方する療法食にも多く入っていて、単純な炭水化物で消化も非常に良いです。
サツマイモを蒸してあげるのもいいですね。
サツマイモ好きな犬は非常に多いです。甘いものが好きな犬は多いので。
炭水化物と食物繊維になりますが、食物繊維は便を固めるのに有効です。
サツマイモ以外でもジャガイモも良いと思います。
いつもの食事を少し減らして白米やオイモをトッピングしてあげるのも良いでしょう。
もしも自宅に整腸剤がある場合はそれを飲ませてあげるのも方法です。
- 基本的には動物病院で診察してもらう
- 元気いっぱい、吐き気もない急性下痢であれば様子をみてもいい
- 様子をみる場合でも2〜3日で良くならないなら病院へ